はじめに

カスタマーハラスメント(カスハラ)は、近年多くの企業が直面する深刻な問題となっています。従業員の心身の健康を守り、働きやすい職場環境を整備することは、企業の持続的な成長にとって不可欠な要素です。そんな中、東京都が新たに開始した「カスタマーハラスメント防止対策推進事業 企業向け奨励金」は、中小企業がカスハラ対策に取り組む際の強力な支援制度として注目を集めています。
この記事では、最大40万円の奨励金を受給するための具体的な申請方法から、制度の詳細、そして企業にとってのメリットまで、わかりやすく解説していきます。
カスタマーハラスメント奨励金制度とは
東京都カスタマーハラスメント防止対策推進事業は、公益財団法人東京しごと財団が実施する支援制度です。この制度は、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」で規定する事業者による措置等を速やかに企業等へ浸透させることを目的としています。

制度の背景と目的

近年、接客業や営業職を中心に、顧客からの理不尽な要求や暴言、威圧的な行為などのカスタマーハラスメントが社会問題となっています。これらの行為は従業員の精神的・肉体的な負担となり、離職率の増加や企業の生産性低下を招く要因となっています。
東京都は、このような状況を受けて、企業がカスタマーハラスメント対策に積極的に取り組むことを支援し、働きやすい職場環境の整備を推進するため、本制度を創設しました。

奨励金の概要

支給額

40万円(一律)

申請期間

令和7年6月30日(月)~8月8日(金)17時まで

対象

都内中小企業等(従業員300人以下)

実施主体

公益財団法人東京しごと財団

申請要件の詳細解説

奨励金を受給するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。

1. カスタマーハラスメント対策マニュアルの整備

マニュアルの作成・改定要件

令和7年4月1日以降に、カスハラ対策マニュアルを作成または改定することが必要です。このマニュアルには、募集要項に記載された「必須項目」をすべて含める必要があり、単なる章立てだけのマニュアルでは認められません。
重要なポイントとして、マニュアル内で「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」について言及することが求められています。これは、企業が条例の内容を理解し、適切に対応していることを示すためです。

社内周知の実施

作成したマニュアルは、社内の全従業員に対して適切に周知する必要があります。周知方法については、社内研修の実施、イントラネットでの公開、印刷物の配布など、企業の規模や特性に応じて選択できます。
基本方針の社内・社外への周知
マニュアルで策定したカスタマーハラスメントに対する基本方針を、社内だけでなく社外にも周知することが求められています。社外への周知方法としては、以下のような方法が想定されています:
•店頭での掲示
•自社ホームページでの公開
•顧客先への周知
•契約書や取引条件への記載

2. 実践的な取組の実施

マニュアルの整備に加えて、以下の3つの取組のうち、いずれか1つを実施する必要があります。

取組1: 録音・録画環境の整備

この取組では、職場においてカスタマーハラスメント対策のための録音や録画機能のある機器を新たに整備することが求められます。

具体的な要件:

•令和7年4月1日以降にカスハラ対策のために録音・録画機器を新たに購入またはリース契約
•契約期間は6か月以上
•録音・録画を主とした機器本体の整備
•運用ルールの策定(盗聴、盗撮を疑われない対策を含む)
•社外への周知
•都内事業所への設置
運用ルールの策定では、従業員や顧客のプライバシーを保護しつつ、適切にカスハラ対策として機能するよう配慮することが重要です。

取組2: AIを活用したシステム等の導入

AI技術を活用したカスタマーハラスメント対策システムの導入も選択肢の一つです。

具体的な要件:

•契約期間は6か月以上
•運用ルールの策定
•社内への周知
•AIがカスハラ対策に活用されていることが確認できること
•都内事業所への導入
※AIシステムについては、パンフレットやホームページで「AIが活用されていること」と「カスハラ対策に利用できること」の両方が確認できる必要があります。

取組3: 外部人材の活用

カスタマーハラスメント対策を推進するために、専門的な知識を持つ外部人材を活用する取組です。

対象となる外部人材の活用パターン:

ア. 相談対応等の継続的な契約
•弁護士、社会保険労務士、中小企業診断士、労働衛生コンサルタント、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントなどとの継続的な契約
•契約期間は6か月以上
•カスハラ対策に関する相談体制等の構築
イ. 社内研修等のためのスポット契約
•カスハラ対策のための社内研修実施のための契約
•自社主催の研修であることが条件
•申請日時点で研修が実施済みであること
ウ. 警備会社との法人契約
•カスハラ対策における警備体制強化のための継続的な契約
•法律上必要な許可・届出等の手続きをしている業者との契約
•契約期間は6か月以上

対象事業者の要件

奨励金の申請ができる事業者は、申請日時点で以下のすべての要件を満たしている必要があります。

基本要件

1.従業員数: 常時雇用する従業員の数が300人以下の企業
2.事業所の所在地: 都内で事業を営む中小企業等または個人事業主
3.登記・届出: 中小企業等の場合は都内に本店登記または支店の事業所があること、個人事業主の場合は都内税務署へ開業届を提出していること
4.事業継続性: 都内の事業所で継続的に1年以上事業を行っていること
5.実質的な事業: 都内の事業所で実質的に事業を行っていること

コンプライアンス要件

1.税務: 都税の未納がないこと
2.法令遵守: 過去5年間に重大な法令違反等がないこと
3.財務状況: 民事再生法、会社更生法等の手続き中でないこと
4.反社会的勢力: 暴力団等の反社会的勢力との関係がないこと
これらの要件は、公的資金を適切に活用するための基本的な条件として設定されています。

申請方法と手続きの流れ

事前準備

申請には「GビズID」の事前取得が必要です。GビズIDは、法人・個人事業主向けの共通認証システムで、様々な行政手続きで利用されています。取得には時間がかかる場合があるため、早めの準備をお勧めします。

申請の流れ

1.事前準備: GビズIDの取得、必要書類の準備
2.申請書類の作成: オンラインシステムでの申請書作成
3.申請: オンラインでの申請提出
4.審査: 約3か月程度の審査期間
5.決定通知: 支給または不支給の決定通知
6.請求手続き: 支給決定後の請求兼口座振替依頼
7.奨励金振込: 約1か月程度で振込

必要書類

申請には、以下のような書類の提出が必要です(詳細は募集要項を確認):
•申請書(様式第1号等)
•カスハラ対策マニュアル
•実践的な取組に関する証明書類
•事業者の概要がわかる書類
•その他、取組内容に応じた証明書類

企業にとってのメリット

カスタマーハラスメント対策に取り組むことは、奨励金の受給以外にも多くのメリットをもたらします。

従業員のモチベーション向上と定着率の改善

カスハラは従業員に精神的・肉体的な負担を与え、ストレスや疲労の大きな原因となります。企業がカスハラ対策に積極的に取り組むことで、従業員は安心して働くことができるようになり、職場の心理的安全性が高まります。
これにより、従業員のモチベーションが向上し、離職率の低下にもつながります。特に、接客業や営業職など、顧客と直接接する機会の多い職種では、その効果は顕著に現れます。

企業イメージとブランド価値の向上

カスハラへの適切な対応は、企業の社会的責任を果たす姿勢を示すことにもなります。従業員を大切にする企業として認識されることで、企業イメージが向上し、ブランド価値が高まります。
これは、優秀な人材の確保や顧客からの信頼獲得にも貢献し、長期的な企業価値の向上につながります。

業務効率の向上と生産性の向上

カスハラの発生は、対応に多くの時間や労力を要し、他の業務を圧迫することがあります。適切なカスハラ対策を講じることで、対応にかかる負担が軽減され、従業員は本来の業務に集中できるようになります。
結果として、業務効率が向上し、企業全体の生産性向上にもつながります。

申請時の注意点とポイント

申請期間の厳守

申請期間は令和7年6月30日(月)から8月8日(金)17時までと限定されています。予定件数を超えた場合には、受付期間中でも受付を終了することがあるため、早めの申請をお勧めします。

取組実施時期の確認

すべての取組は令和7年4月1日以降に実施されている必要があります。それ以前に実施された取組は対象外となるため、注意が必要です。

書類の準備と確認

申請には多くの書類が必要となります。募集要項を熟読し、必要な書類を漏れなく準備することが重要です。特に、実践的な取組に関する証明書類は、取組内容によって異なるため、事前に確認しておきましょう。

まとめ

東京都のカスタマーハラスメント防止対策推進事業は、中小企業がカスハラ対策に取り組む際の強力な支援制度です。40万円の奨励金は、企業にとって大きな支援となるだけでなく、従業員の働きやすい環境づくりにも大きく貢献します。
カスタマーハラスメントは、放置すれば企業の持続的な成長を阻害する要因となります。この機会に、適切な対策を講じ、従業員が安心して働ける職場環境を整備することで、企業の競争力向上にもつなげていきましょう。
申請を検討されている企業は、募集要項を詳しく確認し、早めの準備を進めることをお勧めします。不明な点がある場合は、実施主体である公益財団法人東京しごと財団に問い合わせることも可能です。

•東京都カスタマーハラスメント防止対策推進事業公式サイト:
 https://www.tokyo-cusharaboushi.jp/

•公益財団法人東京しごと財団
https://www.shigotozaidan.or.jp/