目次
2024年4月から、建設業、運送業、病院、砂糖製造業において、時間外労働の上限規制が本格的に適用されました。長年の業界慣行からの転換は容易ではなく、「労働時間を削減したいが、生産性が追いつかない」「人材確保がさらに難しくなった」といった切実な声が多くの現場から聞かれます。
このような業界特有の課題解決を強力に後押しするために、厚生労働省は令和7年度「働き方改革推進支援助成金〈業種別課題対応コース〉」を設けています。
この助成金は、単なる設備投資への補助金ではありません。労働時間削減という大きな目標達成に向けた、コンサルティング、従業員研修、労務管理DX、そして近年深刻化するカスタマーハラスメント(カスハラ)対策まで、幅広い経費を最大200万円以上支援する、極めて戦略的な制度です。
本記事では、この助成金の仕組み、対象経費、そして申請の鍵となる「成果目標」について、公式サイトの情報に基づき詳しく解説します。
「働き方改革推進支援助成金〈業種別課題対応コース〉」とは?
本助成金は、時間外労働の上限規制適用により、特に大きな影響を受ける中小企業を支援するために新設された制度です。
対象業種(全6業種)
・建設業
・運送業
・病院/診療所/介護老人保健施設/介護医療院 等
・砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県のみ)
・情報通信業(インターネット附随サービス・ソフトウェア受託開発 等)
・宿泊業(旅館・ホテル 等)
目的
生産性を向上させ、労働時間の削減や週休2日制の推進といった働き方改革を達成するための環境整備を支援すること。
助成額はいくら?成果目標に応じた上限額
この助成金は、「かかった経費」と「達成した成果目標の上限額」を比較し、いずれか低い方の金額に補助率を乗じて支給額が決定されます。
補助率
- 原則: 4分の3
- 労働者数30人以下で、特定の設備投資(30万円超)を行う場合: 5分の4
助成上限額
上限額は、自社で設定する「成果目標」の難易度によって変わります。厳しい目標を達成するほど、上限額は高くなります。
成果目標の例(36協定の引き下げ) | 助成上限額 |
「月60時間超~80時間以下」 → 「月60時間以下」 | 200万円 |
「月80時間超」 → 「月60時間以下」 | 250万円 |
【重要】従業員30人以下なら上限が最大2倍に!
従業員が30人以下の事業場には、さらに手厚い支援策として「30人以下特例」が用意されています。
この特例は、特定の設備投資に30万円を超える費用をかけた場合、達成した成果目標の上限額に、投資した設備費の上限額(最大250万円)がさらに加算される(=上限額が実質2倍になる)という非常に有利な制度です。
特例の対象となる設備投資とは?
具体的には、以下のようなDX化や省力化につながる設備投資が対象です。
・ 労務管理用ソフトウェアや機器の導入・更新
【具体例】 勤怠管理システム、給与計算ソフト、予約管理システム、会計ソフトなど、バックオフィスの労働時間を削減するためのDX投資。
・労働能率の増進に資する設備・機器等の導入・更新
【具体例】
運送業:荷役作業を補助するパワーアシストスーツ
自動洗車機建設業:小型の車両系建設機械
病院・介護施設:最新のナースコールシステム、介護リフト
全般:POSレジ、自動食器洗い機など、現場作業の負担を直接軽減する設備。
こうしたDX化や省人化・省力化につながる設備へ30万円を超える投資を行うことで、補助金の上限額が大幅にアップするチャンスがあります。
活用イメージ:最大400万円受給の例
例:従業員30人以下の事業場
・勤怠管理DX機器に120万円投資
・36協定の上限を「月80時間超 → 60時間以下」に見直し
─ 成果目標上限 … 250万円
─ 30人以下加算 … +250万円
▶ 上限 500万円 × 補助率 4/5 = 最大 400万円 受給可能
【注目】カスハラ対策も対象に!助成金の賢い使い方と対象経費
本助成金は、生産性向上と労働時間削減に資する幅広い経費を対象としています。
代表的な対象経費
- 専門家活用: 社会保険労務士などによるコンサルティング、就業規則の作成・変更
- 人材関連: 従業員への研修、人材確保のための採用活動費
- DX関連: 勤怠管理システムや給与計算ソフトなどの導入・更新
- 設備投資: POS装置、自動車リフト、洗車機など、労働能率を高める設備・機器
【応用編】カスタマーハラスメント(カスハラ)対策への活用法
「カスハラ対応」は、本助成金の非常に有効な活用法です。近年、顧客等からの著しい迷惑行為は従業員の心身を疲弊させ、生産性低下や離職の大きな原因となっています。
本助成金には「カスハラ対策」という直接的な項目はありませんが、以下の経費を 「従業員の負担を軽減し、生産性を向上させるための取り組み」 として計画に盛り込むことで、助成対象とすることが可能です。
- 録音装置・防犯カメラの設置:
「労働能率の増進に資する設備・機器」として計上。カスハラ行為の抑止と証拠保全により、従業員が安心して働ける環境を構築します。 - 従業員研修費:
「労働者に対する研修」として、カスハラ対応方法やメンタルヘルスケア研修を実施。 - 就業規則改定・コンサルティング:
「就業規則の作成・変更」や「外部専門家によるコンサルティング」を活用し、カスハラ対応マニュアル策定や規定整備を行います。 - 録音機能付き電話・防犯カメラの設置
「労働能率の増進に資する設備」として計上。従業員が安心して働ける環境を構築します。 - AI受付システム導入:
一次対応をAIに任せることで従業員の心理的安全性を確保。「労務管理用機器」や「労働能率の増進に資する設備」として計上が可能です。
このように、カスハラ対策は従業員の安全確保と生産性維持に直結するため、本助成金の趣旨に合致した戦略的な投資と言えます。
申請の2大要件:「成果目標」と「対象となる取組」
助成金を受給するには、以下の2つの要件を両方満たす必要があります。
① 成果目標の達成
自社の課題に応じて、複数の成果目標から1つ以上を選択し、達成します。最も代表的な目標が「36協定の数値目標設定」です。これは、時間外労働と休日労働の合計時間数を、定めた上限以下に削減することを指します。
その他、建設業向けの「週休2日制の推進」や、全業種対象の「勤務間インターバル制度の導入」なども選択可能です。
【選べる成果目標一覧】
成果目標メニュー | 概要 |
36協定上限の引下げ | 例:80h超→60h以下 など |
勤務間インターバル導入 | 休息9時間以上 |
週休2日制推進 | 4週4休→4週8休 等(建設業向け) |
年休計画的付与制度導入 | 全業種 |
時間単位年休+特別休暇新設 | 全業種 |
賃上げ加算 | 平均賃金 3%・5%・7%以上引上げ |
② 対象となる取組の実施
上記の成果目標を達成するための「手段」として、前述した「対象経費」の中から1つ以上を実施します。
例:「36協定の時間外労働を月60h以下にする(成果目標)」 ために「勤怠管理システムを導入し、外部コンサルタントの助言で業務フローを見直す(取組)」という形で、目標と手段をセットで計画・実行します。
申請から受給までの流れと注意点
交付申請
- 事業実施計画を作成し、都道府県労働局へ提出。
- 受付期間:令和7年4月1日〜11月28日(※予算枠が尽き次第終了)。
交付決定
- 労働局審査後、交付決定通知を受領。
- 交付決定前の発注・契約は全て助成対象外 となるため要注意。
取組の実施
- 計画に沿って設備導入や研修等を実施。事業実施期限:令和8年1月30日。
支給申請(実績報告)
- 事業終了日から30日以内、または令和8年2月6日の早い方の期限までに提出
審査・支給
- 成果目標達成状況等を審査し、助成金額を確定。
まとめ
- 対象6業種(建設・運送・病院等・情報通信・宿泊・砂糖製造※鹿児島/沖縄限定)に向けた働き方改革支援。
- 成果目標に応じ 上限最大250万円、30人以下+設備30万円超 の場合は実質上限2倍。補助率は 4/5 となり、最大400万円 受給も可能。
- 勤怠管理DXだけでなく、カスハラ対策のような戦略的な投資にも使える。
- 交付決定前に着手すると不支給。申請スケジュールを逆算し、早めに準備を進めましょう。
働き方改革は、いまや企業存続のための必須課題です。
この機会に助成金を戦略的に活用し、生産性と従業員満足度の両方を高める一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
令和7年度「働き方改革推進支援助成金」業種別課題対応コース(情報通信業、宿泊業)のご案内(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/content/001486531.pdf